ロンジェ琉球風水アカデミー
学長の横川明子です。

人生の転換期に、絶体に必要なもの。
それは、メンターの存在です。

ミッションは明確にみえたけど、
何をしていいかわからなかった12年前、
私は3人のメンターに出会いました。

私の意識が大きく変わったのは
社会人を経験した後の
大学院進学がきっかけです。

社会人経験がアナウンサーだったことから、
大学院では、言語学の領域で、
アナウンサーのニュースリーディングについて
研究していました。

しかし、私が所属した異文化コミュニケーション研究科では、
領域を横断するような研究が求められていて、
言語学の研究をしていても、
コミュニケーション学、環境学、教育学など、
様々な領域を学ぶことができました。

その時、衝撃を受けたのは、
環境学との出会いでした。

スクーバダイビング、トレッキング、スノーボード。
アウトドアライフを人生最高の楽しみとして生きている私にとって、
地球環境をテーマに研究ができる場があること
この時、知りました。

大学院で、アナウンスに関する論文を書き上げた後、
卒業するときには、環境学にフォーカスが当たり、
「この先は、地球環境問題の解決に貢献する人生を生きる」
ことを決めました。

ミッションが明確に見えた瞬間がありました。

しかし、そんなことも思っても、何をしていいかわかりません。
ロールモデルも、前例も何もありません。

当時は、メンターという言葉さえも知りませんでしたが、
私は3人のメンターを選びました。

一人は、日本の実践的環境教育の第一人者、大学院の恩師。
一人は、日本で唯一の環境映像専門、ブロードバンドTV局の社長。
一人は、日本の森林療法の第一人者である、心療内科医の先生でした。

まず初めに、大学院の恩師に連絡して、会いに行き、
想いを伝えました。

すると、先生は山梨に住んでいらして、
山梨で環境教育のワークショップをしているから、
まずは、そこに参加してみてくださいと言われました。

その後、ワークショップや、学会発表のタイミングで、
山梨の先生のもとに何度も足を運び、
学ばせていただきました。

そして、日本で唯一の環境映像専門、ブロードバンドTV局の社長は、
この山梨のワークショップを取材にいらしていたことから、
出会いがありました。

もともと、アナウンサーだったので、
何かできることと言えば、話すことしかできません。

まず、社長に、自己紹介と、これからどんなことをしたいと思っているのか、
自分の想いを書いた手紙を送り、会っていただくことができました。

そして、週1回の会社の会議に参加する許可をもらい、
私に何かできそうなことがあれば、
手伝わせていただけるよう、お願いしました。

日本の森林療法の第一人者である、心療内科医の先生の存在も、
山梨の環境教育のワークショップで知りました。

心療内科医の先生にも、手紙を書いて、
会っていただくことができました。

やはり、私には話すことしかできません。
それで、先生がガイドを務める森林療法に同行させてもらい、
森の中で、自然文学の朗読をおこないたいと申し出ました。

自然からのメッセージを、
患者の皆様に伝えさせて欲しいとお願いし、
許可をいただきました。

環境映像会社の社長のお手伝いも、
心療内科医の先生のお手伝いも
給与を必要としない、ただ働きを申し出ました。

何しろ、私がチャレンジしたいという想いに対して、
お2人の実際のビジネスの現場で、
これまでにない役割を与えていただくわけですから、
お2人にとっても、リスクがあったはずです。

私は、とにかく、お2人にご迷惑をかけることなく、
少しでも、役に立てることができるよう
必死で自分にできることを考えました。

この時の経験は、非常に大きいと思っています。

山梨にいる大学院の恩師からは、
教育者としての在り方を学びました。

環境映像会社の社長からは、経営者としての思考法を学びました。
また、社長は、映像プロデューサーでもあったので、
映像とは、カメラマンの技術やタレントの存在以前の
企画、プロデュースでほとんどが決まることを実感しました。

そして、森林療法の先生からは、セラピストとして、
人の心を癒すための、在り方を学びました。

私が、今、ロンジェ琉球風水アカデミーという学校を立ち上げ、
学長という教育者として、
社長という経営者として、
コーチングという仕事の中で、セラピストとしての役割を果たしているのは、
この時、3人のメンターから学んだ経験を生かしています。

また、請け負いの立場で仕事をせず、
企画プロデュースという立場で仕事を作り上げていくのも
モノづくりは、スキル以前の、企画力で、ほぼ決まることを見てきたからです。

この3人のメンターの共通点は、
まだ、その職業が日本になかった時に、
ゼロから1を生み出した第一人者であることでした。

なので、今は、第一人者として、ご活躍されていますが、
認知されていない社会で、新しくモノをつくりあげる
苦労話しも聞かせていただきました。

それは、私が琉球風水師として、ゼロから1を生み出すときに、
心がくじけることなく、続けてこられたのは、
先生方のストーリーを聞いていた影響が大きいと思います。

ゼロから1を生み出すのに、
簡単ではないことは当たり前というマインドセットが
できていたからだと思います。

そして、さらに、3人のメンターに共通していたのは、
私がやろうとしていることがまだ形になっておらず、
仕事になるかどうかもわからないのに、
私の考えを否定することをなく、
想いを尊重してくださったことでした。

メンターから学ぶのは、やり方ではなく、在り方です。
在り方を学ぶというのは、尊敬している人の
一つ一つの言動に意識を向けて、
そこから何を感じとることができるかです。

自分より存在の大きい人は、
周波数が違いますから、
身近な友達のようにお付き合いすることはできません。

猫の手ほどの力にしかなれなくても、
学ばせていただく姿勢で、
何でもいいから、とにかくあなたのお役に立ちたいと、
お手伝いさせていただく形であれば、
新しい世界を見たるための扉を開くことが
できる可能性がでてきます。

そして、ここで築いた人脈というのは、
その後、人生の大きなギフトになります。

お金を稼ぐことも大事ですが、
お金では買えない経験や人脈に対しても、
あなたの大切な時間を投資してみることで、
人生は劇的に変わるかもしれません。

そのためには、是非小さなことでもいいので、
誰かの役に立てるスキルを磨いておくと、いいですね。

風水的な視点から、運を良くする人とのつながりのポイントは、
周波数を基準に、つきあう人を選ぶということです。
誰と付き合うかで、人生は大きく左右されるからです。

現状の枠を超え、変化を起こしたい時は、
憧れの人に少しでも距離的に近づくことができる方法を
考えてみるといいかもしれませんね。

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【東日本大震災を機に東京から沖縄へ移り住み、琉球風水師・風水空間プロデューサーに】 沖縄で琉球風水を使い、建築・インテリア設計の仕事をしています。 しかし、最初から風水師だったわけではありません。私はもともと東京で、NHKテレビの朝のニュースなどに登場する交通情報のキャスターをしており、風水や占いには全く興味がありませんでした。建築・インテリアの資格を持っていたわけではありません。おまけに、新築の家づくりには、2度も失敗しています。 にもかかわらず、地震を機に沖縄へ移住し、琉球風水師に転身しました。それは、離島の集落で琉球風水との運命的な出会いがあったからです。実は、新築に失敗した理由の一つが風水であり、風水で家づくりに失敗した私が、沖縄で建築設計にも通用する琉球風水に出会い、人生が大きく変わりました。 新築を失敗した私が興味をもったのは、家づくりを成功させる風水でした。いつの間にかその風水術は、建築士やインテリアデザイナーといった専門家に注目されていきました。 新聞コラムの連載が始まると、沖縄県最大の住関連イベントや、沖縄県建築士会、沖縄県インテリアコーディネーター協会など、セミナー講師の依頼が次々に入ってきました。 気がつけば、琉球風水セミナーの参加者も1000人を超え、沖縄建築賞の最高賞を受賞歴をもつ一流の建築士さんとコラボレーションして設計。そして、琉球風水デザインによる、新築ホテルのインテリアコーディネートや、店舗の琉球風水設計施工もしています。 2020年より、琉球風水の建築・インテリア設計専門スクール、ロンジェ琉球風水アカデミー学長を務めています。心地よい氣の流れを描くことのできる建築・インテリアのスペシャリストのコミュニティを育成し、世界中の全空間を心地良くすることをミッションに仕事をしています。 ロンジェ琉球風水アカデミーは、動画講座とビデオ会議システムによるコーチングにより、全国、全世界に対応するオンラインスクールです。 期間限定で、建築・インテリアの実務に役立つ、無料の動画レッスンと3大特典をプレゼント中!受取はこちらかどうぞ https://longe.jp/lp/optinhp/