ロンジェ風水アカデミー、学長の東道里璃です。

今日は、ロンジェ®︎風水アカデミーの理念についてお話ししたいと思います。

一番核になるロンジェ®︎の在り方、それは「自然と調和する美しい風景を、世代へつなぐ」です。300年後の未来に、この美しい風景をつないでいきたい。そういう思いで私は仕事をしています。

東京で生まれ育った私が、なぜ沖縄で琉球風水師になったのか。そのきっかけは、300年前の風水師から、叡智という名のバトンを受け取ったことでした。

私は、東日本大震災をきっかけに東京から沖縄へ移住してきたのですが、その時に住んだ場所が、沖縄の離島の集落でした。そこは実は、300年前の風水師が作り上げた集落だったんです。

私は当時、東京で3年ぐらい風水を学んでいて、もちろん古典の理論も、ある程度勉強していました。その古典の理論に出てくる風景というのは、東京の都市では全く見ることができなかったので、昔はそうだったんだよね、というぐらいにしか思っていませんでした。でも沖縄に引っ越してきて、古典の教科書にあるような風景が実在する、ということに驚いたんです。

それを誰が作ったんだろうと思って調べていったら、琉球王朝というのは、王府の役人を中国福建省に留学をさせていて、そこから風水を学んで帰ってきた役人たちが、王城、つまり首里城の風水をみたり、集落の設計をしていたことがわかりました。なんて高度な風水が、この沖縄にあるんだということに感激して、琉球風水師になることを決意したわけです。

◆風水の古典からの学びが気づきに

私がなぜ、風水集落というのを読み取れたのかというと、やはり風水の古典を読んで、先人たちがどうやって環境分析をしてきたか。どうやって環境を作り上げてきたかということを知っていたからです。

これはある意味、300年前の風水師の思考にアクセスできたということだと思うんです。彼らが何を考えて、どうしたかったのかという考え方と共通の、知識と意識を持っていたから、読み取ることができたのです。

それにはやはり、集落が形となって残っているところにすごく大きな意味があって、この形を残してくれなければ、私は気づくことができなかったわけです。

その意味で今、都市化によって、この集落はどんどん、どんどん失われています。そして自然がどんどん破壊されて、なくなっています。でも私は、この集落の形を300年後にも伝えていきたい。本当にそう思ったんです。

今からもっと失われてしまうかもしれないけれども、また300年後に、同じ意識を持った人が、その形を見つけてくれたのであれば、私は先人の叡智というものをつなぐことができるのではないか、そんなふうに思っています。そういった思いから、「自然と調和する美しい風景を、次世代へつなぐ」をロンジェ®︎の理念として、学校を運営しています。

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【住まいとは人生の美学】 株式会社ロンジェ 代表取締役 東道里璃 琉球風水師・風水空間プロデューサー 立教大学大学院異文化コミュニケーション学修士 風水空間デザイン™️を実践的に学ぶオンラインスクール、ロンジェ風水アカデミー学長 風水空間デザイン™️は、宇宙の原理原則✖️脳科学で、理想の自分になれる空間を設計します。建築・インテリアのプロも認める風水です。 東京世田谷で生まれ育つ。高学歴・アナウンサーという職業で、表面的には幸せに見えた。しかし、家族の他界や、落馬して骨盤を骨折しうつ病になる。 幸せそうに見えて不幸な人生から、心の幸せを求めて風水に出会う。風水の実践から思考習慣が変わり、心の幸福度が上がることを体感する。 しかし、一般向け風水書籍の知識の寄せ集めによる新築住宅の設計は失敗する。大地震を機に東京から沖縄に移住。建築設計に通用する王朝時代の伝統風水術に出会い、琉球風水師になることを決意。 その風水術は、建築・インテリアの専門家に注目され、セミナー参加者は1000人を超える。沖縄建築賞の最高賞を受賞歴をもつ一流建築士とのコラボ設計は新聞の一面を飾り、住宅の専門紙で多数の風水コラムを執筆。 幸福感に満たされ理想の自分になれる「風水空間デザイン™️実践会」を主宰し、建築・インテリアの設計者を風水空間デザイナー®️へと育成。一人でも多くの人が美しく心地よい住まいで暮らすことができるよう、新築を控えた人たちや住宅業会の関係者が風水を実践して学ぶコミュニティを運営している。 ロンジェ®️の風水に興味をもたれた方は、まずは、無料WEBセミナーにご参加ください。