1.陽に偏る世界で、陰を見つめるということ

現代の社会は、経済活動や成果主義の影響により、私たちのライフスタイルは「陽」のエネルギーに偏りがちです。スピードや効率、外向的な力が重視される一方で、私たちの心や社会は疲弊し、バランスを崩しています。成果や効率を追いかけるなかで、知らず知らずのうちに疲れを感じているかもしれません。

そんな時、自分の内側を静かに見つめてみると、「陽」が強く偏った世界で失いがちな、穏やかで優しい「陰」の氣を取り戻すことが、大切であると感じることもあるでしょう。

東洋の叡智である「風水」は、もしかすると間取りや置物などの物質的なイメージが強いかもしれません。しかし、本質的には人生や社会のバランスを調える「思想」です。私たちの心と暮らしに寄り添う処方箋としての可能性を秘めています。

本連載では、琉球王国の首里城に宿る精神文化の象徴を通して、「思想としての風水」がどのように私たちの生活や地域に生きるのかを一緒に考えていきましょう。

陽と陰のエネルギー ―現代社会が偏りがちなエネルギーの特徴―

☀️陽のエネルギー🌙陰のエネルギー
スピード・効率を重視静けさ・ゆったりした時間
外向的・積極的内向的・受容的
競争・成果主義調和・共感
強さ・主導性柔らかさ・包容力
明るく華やか穏やかで落ち着いた
活動的・動的休息・循環
数字や結果で評価感覚や心の豊かさで感じる

現代の私たちの暮らしは、この表の「陽」の部分に強く傾いています。経済や社会活動の中心にあるのは、速さや結果、積極的な力です。でも、私たちの心や身体、地域の環境は、「陰」のエネルギーも必要としています。「陰」は、内なる静けさや安らぎ、調和をもたらし、バランスを取る大切な氣です。

この連載では、「陰」の氣を取り戻し、心身や空間、社会のバランスを調える東洋思想としての風水を紐解いていきます。

2. 風水とは何か?

風水は、多くの人にとって「風や水の流れを整える環境学」や「家や土地の吉凶を占うもの」として知られています。
しかし、風水の本質は「環境調整の技術」だけではありません。
それは、人と自然、そして宇宙との調和を目指す「思想」なのです。

東洋哲学に根ざした風水は、「陰陽」と「五行」という基本概念を基盤としています。
陰陽は宇宙のすべての現象を二つの相反するエネルギーに分け、互いにバランスを取りながら存在すると説きます。
五行は木・火・土・金・水の五つの元素の循環により自然界の変化を理解する理論です。

風水はこれらの思想を空間に当てはめ、人の暮らしと環境の調和を図る知恵です。
その根底には、「空間には氣が流れ、その氣は人の心身や社会に深く影響を与える」という考えがあります。

つまり、風水は建築やインテリアの配置を整えるだけでなく、空間を通して精神文化を映し出し、個人や地域の生き方に寄り添いながら調和をはかる、思想であり実践の体系なのです。

3. 首里城に見る風水思想

首里城の立地は、琉球風水を語るうえで避けては通れない重要なテーマです。
1713年、琉球王府の歴史編纂書『球陽』に収められた蔡温(さいおん)による『首里地理記』は、首里城の風水理論を記録した、最古にして唯一の公式文献です。蔡温は中国で風水の理論と羅盤の技術を学び、その知見を琉球に持ち帰りました。

一見すると、首里城は狭く起伏のある傾斜地に建てられており、理想的とはいえない立地に見えます。しかし、蔡温はこの場所を「四神相応の最上の地」と位置づけました。
風水の視点からは、氣が集まり留まる、地形的に非常に優れた場所と見なされたのです。

四神相応とは、玄武・青龍・朱雀・白虎という四つの神獣に囲まれた理想の地を指す、中国古来の風水思想です。古典的には、玄武は北、青龍は東、朱雀は南、白虎は西と方位が固定されていますが、明代以降の実践的な風水では、方位よりも山や川といった地勢に沿って気脈の流れ(龍脈)を読むことが重視されるようになりました。

首里城は西向きで、背後に控える玄武は東に位置する弁之御嶽と、西原〜島尻にかけての丘陵地帯。左側(南)には青龍にあたる小禄・豊見城の丘陵、右側(北)には白虎として北谷・読谷の丘陵、そして正面(西)には朱雀として、海の彼方に慶良間諸島が横たわります。
このように四神が地形によって配置される空間は、琉球独自の「抱護(ほうご)」思想とも響き合い、王都にふさわしい理想的な風水地とされたのです。

つまり、首里城は政治の中心であるだけでなく、自然との調和を尊重する風水思想に裏付けられた「精神文化の象徴」として築かれていたのです。この視点に立つことで、空間を物理的な構造というだけでなく、精神や文化を映し出す“器”として捉えることができるようになります。

4. 風水思想が伝える精神文化の重要性

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風水とは環境学や建築学という性質だけではなく、深い「思想」であり、人間と自然、社会の調和を追求する哲学です。
特に琉球風水は、物質的な景観や建物の配置だけでなく、そこに息づく精神文化の継承が欠かせません。

現代社会は経済や効率を重視するあまり、内面的な「陰の氣」が失われがちです。陰の氣とは、精神性や静けさ、内なる調和を意味し、私たちの心身の健康や人間関係、地域の持続可能性に深くかかわっています。

精神文化は目に見えにくいものの、空間や暮らしの様式、伝統行事、地域の文化風土として具体化し、世代を超えて受け継がれていきます。そして、この精神文化は空間に反映され、その空間から私たちは文化の深いメッセージを受け取っています。だからこそ、精神文化を反映した空間づくりには大きな意味があり、そうした空間を通して私たちは心の調和を取り戻すことができるのです。

琉球風水は、このような精神文化の重視を基盤に、空間設計を行うことで、真に調和のとれた環境を創造しようとしています。

精神文化が失われると、地域社会は活力を失い、住む人の心も疲弊します。だからこそ、私たちは風水思想の知恵を通して、精神文化を再認識し、空間に生かすことが必要なのです。

5. おわりに・次回予告

今回の内容では、風水が単なる場所や環境の配置を超えた「思想」であり、琉球風水においては精神文化の継承が不可欠であることをお伝えしました。
精神文化は空間に反映され、その空間から私たちは深いメッセージを受け取っています。
特に現代社会が失いがちな「陰の氣」を取り戻すことが、私たちの心と地域の調和を支える重要な鍵であることを理解していただけたと思います。

次回は、より具体的に「陰の氣を取り戻す東洋の処方箋」について解説します。
陰の氣が私たちの暮らしや空間にどのように関わり、日常生活でどんな実践ができるのかを共に探っていきましょう。

どうぞお楽しみに。

📽️ 首里城の風水をもっと深く知りたい方へ
今回ご紹介した「四神相応」や「抱護」の思想をもとに、首里城の立地や風水的な意味を、動画でわかりやすく解説しています。

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琉球風水研究者/ロンジェ®琉球風水アカデミー学長 立教大学大学院修士(異文化コミュニケーション)。 沖縄国際大学経済学部地域環境政策学科 非常勤講師。 首里城や風水集落を通して、琉球王国の自然観と空間思想を研究。 ロンジェ®琉球風水アカデミーでは、風水×テーブルコーディネートを融合した講座を主宰し、伝統と現代をつなぐ実践教育を展開。 著書に『風水空間デザインの教科書』(ガイアブックス)。