『中城御殿御敷替御普請日記』7丁(出典:那覇市歴史博物館)

本ブログでは、『中城御殿御敷替御普請日記』の風水鑑定部分に焦点を当て、翻刻・翻訳を行います。翻刻・翻訳は、7丁ページから開始いたします。
シリーズ全体の概要や翻刻・翻訳の背景については、イントロダクションページをご覧ください。

8【鄭良佐ていりょうさ中城御殿なかぐしくうどぅん地理記(翻刻)※原書に従い原文を改行

『中城御殿御敷替御普請日記』8丁(出典:那覇市歴史博物館)

本殿若從所學改向南方位雖吉地勢又知左臀過高

何廣憙云平陽之宅左右不宜高迫左高則長子有傷右高

則幼房有礙又云方位雖吉地勢不吉不可用

雪心賦云朱文公云第一要緊看巒頭有了巒頭穴可求若

是巒頭不斎整縱台天星也是浮諸葛孔明云山川形勢尺

地之設天星卦例人之自為宣可以星卦旋轉山川之形勢

者乎

本殿地勢其低

地理大成云山居取平坡但若在平野亦要在高處不取低

沈沮洳如平濕去處亦令人家業不長進丁不興旺也

本殿西北之方地勢甚低其形不端明


8【鄭良佐】中城御殿地理記(逐語訳)

8 逐語訳

本殿若從所學改向南方位 雖吉 地勢又知左臀過高

本殿は、仮に、学んできた知識により南に向きを改めると、吉といえども、地勢は左側が高すぎる。

何廣憙云:平陽之宅,左右不宜高迫。左高,則長子有傷;右高,則幼房有礙。又云:方位雖吉,地勢不吉,不可用。

何廣憙(か・こうき)が言うには:

平らな地形の住宅では、左右が高く迫るのは適切ではない。

左が高ければ、長子に傷害がある。

右が高ければ、幼房に障害がある。

また言う、方位は吉であっても、地勢が吉でなければ用いることはできない。

雪心賦云、朱文公云、第一要緊看巒頭。

 『雪心賦』に曰く、 朱文公(朱熹)が言うには、第一に重要なのは、巒頭を見ることである。

有了巒頭、穴可求。

巒頭の条件が成立していれば、穴を求めることができる。

若是巒頭不斎整、縱台天星、也是浮。

もし巒頭が整っていなければ、たとえ天星を用いたとしても、それでもなお浮である。

諸葛孔明云、山川形勢、尺地之設。

諸葛孔明が言うには、山川の形勢とは、一尺の地の設けである。

天星卦例、人之自為宣、可以星卦旋轉山川之形勢者乎。
天星や卦の例は、人が自ら作り、宣(の)べるものであって、星や卦によって山川の形勢を回転させることができるものであろうか(いや、できはしないのではないか)

本殿地勢其低

本殿の地勢は低い

地理大成云:山居取平坡,但若在平野,亦要在高處,不取低沈沮洳。

『地理大成』には:山地に居住する場合は、平らな斜面を取る。しかし、もし平野にあるならば、やはり高い場所にあるべきであり、低く沈んだ沮洳(ぬかるみ・湿地)を取ってはならない。

如平濕去處,亦令人家業不長進,丁不興旺也

もし平らで湿った場所に行き着くならば、それもまた人の家業を発展させず、人丁は盛んにならないのである。

本殿西北之方地勢甚低其形不端明

本殿の北西の方角は、地勢が低く、土地の形も整っていない。

※8丁はここまで。9丁へ続く。


8【鄭良佐】中城御殿地理記(筆者意訳)

8 意訳

中城御殿の風水鑑定報告書

仮に本殿の向きを南に改築した場合、方位鑑定の結果は吉となる。しかし、地勢判断では建物の左側が高すぎるため、その方位鑑定上の吉という結果をそのまま用いることはできない。

何廣憙が言うには:

平らな地形の住宅では、左右の地形が高く迫るのは適切ではない。

左が高く迫っていれば1、長男に傷害がある。

右が高く迫っていれば、幼房(次男、又は、三男)に障害がある。

また言う、方位鑑定の結果が吉であっても、地勢が吉でなければ、その土地でその方位鑑定の結果を用いることはできない。

 『雪心賦』(風水の古典名著)にも、 朱文公(南宋の儒学者・朱熹)の言葉にも、第一に重要なのは、巒頭(地勢)を見ることである。

巒頭の条件が成立していれば、けつを求めることができる。

巒頭の成立条件が整っていない場合には、たとえ高度な天星の法を用いたとしても、その判断は実効性を持たず、風水としては成立しない。

諸葛孔明が言うには、山川形勢とは、一つ一つの小さな土地(場所)の構成が積み重なって成立する空間構造である。

天星や八卦の法は、人間が作り上げて主張しているものである。理気の星や卦が、自然の山や川の形勢を回転させることなどできるであろうか。いや、できるはずがない。

本殿の地勢は低い

『地理大成』には次のように述べられている。

山地に居住する場合には、平坦な斜面を選ぶべきである。

一方、平野に立地する場合であっても、高い場所を選ぶ必要があり、低く沈んだ湿地のような土地を選んではならない。

もし、落ち着く先が平坦で湿っている場所であれば、そのような立地は家業の発展を妨げ、子孫の繁栄にもつながらない。

本殿の北西の方角は、地勢が低く、土地の形も整っていない。(8丁最終行 以下9へ続く)


8【鄭良佐】中城御殿地理記(筆者解説)

この文章は、『中城御殿御敷替御普請日記』の最初に出てくる、琉球王国の風水師・鄭良佐が書いた旧中城御殿(現・首里高校の敷地)の風水鑑定報告書です。この報告書の構成は、まず、風水判断の内容が「見出し」のようになっており、その判断内容を裏付けるため、信頼できる福建省の風水の専門家、及び、風水の古典書を引用して、判断結果の正当性を裏付けている。

冒頭の内容では、建物の向きを想定し、左右の地形の高さについての風水判断が書かれているが、この鑑定法は、おそらく「撥砂分房法」ほっさぶんぼうほうではないかと考えられる。「撥砂分房法」について、五術家の山道帰一は以下のように説明している。

(撥砂分房法は、)人盤中針ををもって対象である砂を捉える撥砂の方法において、砂と房の関係を論じる。それは、一家の子息に起こる影響を論じている。

一家に一人だけの男の子どもがいるならば、陰陽両宅(陽宅と陰宅)を取り囲む環境であるすべての砂の影響が、この子ども唯一人において一番強く現れるとされる。

一家に二人の男の子どもがいるならば、陰陽両宅の立向に対して、左手側の青龍砂の影響が長男に現れる。また、陰陽両宅の前後と右側の白虎砂の三方向の影響が次男に現れるとされる。

一家に二人の男の子どもがいるならば、陰陽両宅の立向に対して、左手側の青龍砂の影響が長男に現れる。また、次男には、明堂・案山の影響が現れる。そして、三男には、白虎砂の影響が現れるとされる。

(山道, 2009, p. 393)2

建物の向きに対して(=玄関の方向を向いている状態で)、建物の左側の地勢(青龍砂)の形状が長男に対して影響を強く与えることから、左側の地勢をよく観察し、風水判断の対象としている。「」とは、対象となる建物の周りの環境条件であり、健康や寿命を左右するとされるものである。

風水には、大きく分けて、地勢を見る巒頭らんとう法と、方位を見る理気法があり、この史料が書かれた19世紀においては、巒頭と理気の両方の鑑定を融合して、総合的な判断を行っていた。この鑑定からも見えるように、優先順位の高い鑑定法は、地勢を見る巒頭法であることが伝わってくる。

この文章は、風水の専門知識という共有の前提がある読者に向けた、専門家同士の対話であると考えられる。風水の巒頭では、基本的に左右は適切な高いものに囲まれていることを良しする。ただ、その「適切」というのが感覚的であり、経験値による個人差も大きい。地勢の形、高さ、遠近などの状況から風水判断が下される。本文には「左高,則長子有傷」とあるが、高いから悪いというのは風水的に不自然である。前述の「左右不宜高迫」を受けて「迫」を省略していると想定すれば、この文を理解できる。鄭良佐の鑑定は、風水判断を定型的ルールに当てはめるではなく、現場の地形や状況に応じ、柔軟な判断を行っていたことがうかがえる。


『中城御殿御敷替御普請日記』翻刻・翻訳ブログ、シリーズ全体の概要や研究の背景については、イントロページで詳しく解説していますので、最初にお読みいただければ幸いです。

このブログは、那覇市歴史博物館のデジタルミュージアムに保存された『中城御殿御敷替御普請日記』の画像をもとに、東道里璃が翻刻・翻訳したものです。
翻訳はAIを補助的にを使っていますが、意訳の風水に関する解釈は東道里璃によるものです。
研究・調査は現在も進行中で、新たな解釈が出次第、内容は随時更新・ブラッシュアップされます。

まだ確信が持てない部分もございますので、翻訳や解釈についてお気づきの点があれば、ご指導・ご連絡をいただけますと幸いです。皆様からのご意見をもとに、より正確で深い内容にブラッシュアップしてまいります。


  1. 「左高」の意訳は、前述の「左右不宜高迫」を受け、「迫」が省略されているとして意訳した。 ↩︎
  2. 山道帰一. (2009). 『完全定本【実践】地理風水大全』 (2刷 2011年, p. 393). 河出新書書房. ↩︎
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琉球風水研究者。 立教大学大学院異文化コミュニケーション学修士。 沖縄国際大学経済学部地域環境政策学科 非常勤講師。 首里城や風水集落を通して、琉球王国の自然観と空間思想を研究。 著書『風水空間デザインの教科書』(ガイアブックス)。