ロンジェ琉球風水アカデミー、学長の横川明子です。

首里城の風水を、自分の足で確かめる旅。

今日は、蔡温の風水鑑定に出てくる、首里城の青龍、崎山の雨乞御嶽(アマグイウタキ)へ。

その周辺の崎山御嶽と、お茶屋御殿の跡地も回る予定でした。

不思議な一日でした。

雨乞御嶽の場所がよくわからないまま、崎山エリアに入り、公園と駐車場があったので、車を停めました。

車を停めた辺りは、とても見晴らしが良く、このあたりの最高標高地点に見えました。

そこから、雨乞御嶽を探そうと公園を歩き、下り、歩いていくと、御嶽のような場所がありました。

何も書いていないので、どこの御嶽なのかわかりません。

本の中にある地図を見ながら歩きますが、さっぱりどこかわかりません。

以前、ガイド付きで歩いたことがあったので、その時に通った記憶のある階段を上ると、ようやく、お茶屋御殿と雨乞御嶽の標識がありました。

この時には、既にもう方角が良くわからなくなっていて、自分の車を停めた位置もわからなくなっていました(汗)。

しかし、ようやく目的地が近づいたので、まずは、お茶屋御殿の跡地へ。現在は、カトリック首里協会があります。

お茶屋御殿跡地

お茶屋御殿は、王家の東の別邸で、東苑と呼ばれたところ。

眼下には、美しい眺望が広がります。

そして、雨乞御嶽の標識に従って、雨乞御嶽へ向かうと。。。

なんと、駐車場にマイカーが停まっています???

雨乞御嶽の駐車場に車を停めて、雨乞御嶽を素通りしていたようです。。。

雨乞御嶽

雨乞御嶽は、首里城を臨むようにして、首里城に向いていました。

そして、崎山御嶽に行こうと 地図を見ながら坂を下っていくと。。。

雨乞御嶽から崎山御嶽への稜線

さっきも来た場所。

崎山御嶽

ここが崎山御嶽でした。

後ろ側で、樹齢数百年はあろう大木が、崎山御嶽をバックサポートしています。

雨乞御嶽も、崎山御嶽も、ここから首里城を臨みます。

雨乞御嶽から見た首里城の東のアザナ

東の青龍は、雨の神様。西の白虎は、風の神様。

王朝時代、7か月以上雨が降らないと、国王が臣下、神女を引き連れて、雨乞御嶽に赴き、雨乞の儀式を行ったそうです。「雨、雨たーぽーり龍神がなし」と唱え、降雨を祈ったそうです。(「王都首里見て歩き」古都首里探訪会編・著より)

首里城を風水理論の象徴として守りを固める青龍としての雨乞御嶽と、白虎としての虎頭山。

実際に登ってみれば、そこが小高い丘になっていて、首里城を護る防壁としての青龍であり、防風林の役割を果たしてきたこと。そして、弁ヶ嶽からの氣脈の支流が流れる場所としての龍であることを感じることができるでしょう。龍脈が流れる場所の氣が活性化するよう、この辺りは、手入れをして、場合によっては植林をして、氣が旺盛に流れるよう蔡温が指示しています。

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【住まいとは人生の美学】 株式会社ロンジェ 代表取締役 東道里璃 琉球風水師・風水空間プロデューサー 立教大学大学院異文化コミュニケーション学修士 風水空間デザイン™️を実践的に学ぶオンラインスクール、ロンジェ風水アカデミー学長 風水空間デザイン™️は、宇宙の原理原則✖️脳科学で、理想の自分になれる空間を設計します。建築・インテリアのプロも認める風水です。 東京世田谷で生まれ育つ。高学歴・アナウンサーという職業で、表面的には幸せに見えた。しかし、家族の他界や、落馬して骨盤を骨折しうつ病になる。 幸せそうに見えて不幸な人生から、心の幸せを求めて風水に出会う。風水の実践から思考習慣が変わり、心の幸福度が上がることを体感する。 しかし、一般向け風水書籍の知識の寄せ集めによる新築住宅の設計は失敗する。大地震を機に東京から沖縄に移住。建築設計に通用する王朝時代の伝統風水術に出会い、琉球風水師になることを決意。 その風水術は、建築・インテリアの専門家に注目され、セミナー参加者は1000人を超える。沖縄建築賞の最高賞を受賞歴をもつ一流建築士とのコラボ設計は新聞の一面を飾り、住宅の専門紙で多数の風水コラムを執筆。 幸福感に満たされ理想の自分になれる「風水空間デザイン™️実践会」を主宰し、建築・インテリアの設計者を風水空間デザイナー®️へと育成。一人でも多くの人が美しく心地よい住まいで暮らすことができるよう、新築を控えた人たちや住宅業会の関係者が風水を実践して学ぶコミュニティを運営している。 ロンジェ®️の風水に興味をもたれた方は、まずは、無料WEBセミナーにご参加ください。