2019年2月1日 首里城御内原OPEN記念!
ロンジェ琉球風水アカデミー、学長の横川明子です。
御内原の開園を前に、2015年に見学した、御内原の復元工事中の写真をご紹介します。
今回は、御内原の南側の門、美福門(びふくもん)と継世門、そして、美福門の前にある神明森の御嶽のご案内です。
首里城の城郭は、内郭と外郭があります。内郭の方が先にできて、その後、15世紀~16世紀ごろに、倭寇などの外的からの攻撃を防御するために、外郭がつくられたと伝えられています。
美福門は、首里城の御内原から南側、首里赤田方面出る内郭の門です。
美福門
2015年の御内原見学会では、この階段を上ったところに、美福門が復元されるとのことでした。この階段を下ると、外郭の門である継世門へとつながります。
継世門
この継世門を抜けると、首里赤田地区につながります。赤田地区は、みるく神をお迎えする伝統行事、赤田のみるくウンケーが、毎年旧暦7月16日に行われている首里の城下町。赤田地区にある赤田クラブ(公民館)は、首里大阿母志良礼が居住した首里殿内があった場所です。
琉球王国の最高神女、聞得大君の下には、3人の神女「大阿母志良礼(ウフアムシラレ)」が置かれたと伝えられています。首里、真壁、儀保の三か所に置かれ、現在の赤田クラブに、首里殿内がありました。
3年一度、国王は聞得大君を従え、首里殿内で豊作を祈願したそうです。御内原から、美福門、継世門を通り、達磨寺の前を通って赤田クラブに行くルートは、国王や聞得大君が参拝するために歩いたルート。そう考えると、歴史を感じるながら歩く道は、心も踊りますね。
ノロのかんざし、勾玉、神扇
こちらは真壁殿内跡の近くにある首里琉染さんの二階に展示されていたものです。美しい装身具ですね。
神明森の御嶽
御内原から美福門を出た左前に、神明森の御嶽があります。ここでは、発掘調査中に地中に埋められた金貨が出てきたことで、当時ニュースにもなりました。発掘された金貨の資料です。
斎場御嶽もそうですが、沖縄では、御嶽などの拝所で、奇数枚の金貨が埋められていることが良くあります。逆に、地中から金貨が見つかると、御嶽であったと推測できます。数字にも陰と陽があり、奇数は陽。縁起の良いものには、奇数が用いられてきました。例えば、大宜見大工は、階段の数も奇数にこだわってつくったと言われています。
首里城へ入る、南側ルートのオープン、楽しみですね。
東道里璃 (とうどう りり)
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